京都地方裁判所 昭和55年(ワ)286号 判決 1981年5月27日
原告
安井正美
被告
日本電信電話公社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、四七三万二七〇〇円および内金四三六万二七〇〇円に対する昭和五三年八月五日から、内金四〇万円に対する第一審判決言渡の日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
(一) 本件事故の発生
原告は昭和五三年八月五日午前六時ころ、京都市中京区高倉通三条上ル路上において、原動機付自転車(以下原告車という)を運転して北進中、後方から進行して来たタクシーに道をゆずるため道路左側へ寄り、タクシーをやり過した後道路中央へもどろうとしたところ、被告所有の電話線用電柱(以下本件電柱という)の支線(ワイヤーロープ、以下本件支線という)に引つかかつてバイクが転倒し、原告は負傷した。
(二) 原告の受傷内容および治療経過等
1 受傷内容
右肩鎖関節脱臼、右肩甲骨々折、右肋骨々折、右肩、右肘打撲擦過創等。
2 治療経過
(1) 昭和五三年八月五日から同月九日まで稲葉整形外科へ通院(実治療日数四日)。
(2) 同月一〇日から同月一一日一四日まで京都第二赤十字病院整形外科へ入院(九七日間)、その後同五四年六月まで通院。
3 後遺障害
右肩関節に運動障害および疼痛。
(三) 被告の責任
道路上の工作物設置者は工作物が通行上の妨害にならず、かつ危険を生じないよう万全の安全措置をとる義務があるところ、本件の場合次の二点においてその義務がつくされておらず瑕疵があつたから、被告は民法七一七条により原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
1 本件電柱は道路西端から約一藉東へ寄つたところに、約三mの幅でワイヤーロープの支線を斜めに引つ張つているが、この支線の設置自体が通行の妨害となり、通行の安全を害している。
京都市内にある電話線用および電気用電柱には支線のないものも多数あり、安全の観点からみればできるだけ道路上の障害物をなくす義務があるのであつて、本件電柱も支線不要のものを設置すべきであつた。
2 またやむなく支線を設置する場合は、その支線が危険なものとならないように可能な限り危険を防止し安全をはかる義務があるところ、本件電柱の支線はねずみ色で電柱および周辺の建物の色と混然とし極めて判別しにくい状況にあつたのに、危険を表示する黄色の被覆装置(カバー)が設置されていなかつた。
(三) 損害
1 治療費 二万一七〇〇円
老人医療制度によつてまかなえなかつた差額ベツト代金一万五二〇〇円とコルセツト代金六五〇〇円
2 入院雑費 四万八五〇〇円
一日五〇〇円宛九七日分
3 入院付添費 二四万二五〇〇円
入院中起居不自由であつたため、妻が付添つた。
一日二五〇〇円宛九七日分。
4 休業損害 一〇五万円
原告は妻が経営主の呉服商店に勤務し月収一七万五〇〇〇円を得ていたが、本件事故のため六カ月間休業を余儀なくされた。
5 慰藉料 三〇〇万円
本件事故により原告は前記のとおり受傷し、後遺障害も残しているのに、被告は誠意ある態度を全く示さないから、慰藉料として少くとも三〇〇万円が支払われるべきである。
6 弁護士費用 四〇万円
原告は被告に対し、本訴に先立つて調停の申立をしたが、被告は誠意ある話し合いをしなかつたためやむなく本訴提起を原告訴訟代理人に委任し、京都弁護士会報酬規定の範囲内で四〇万円の支払を約した。
(四) 結論
よつて原告は被告に対し、前項の損害合計四七三万二七〇〇円および内金四三六万二七〇〇円(弁護士費用を除くその余の損害)に対する本件事故の日から、内金四〇万円(弁護士費用)に対する第一審判決言渡の日から、各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否および被告の主張
(一) 認否
請求原因事実中本件電柱および支線が被告の所有であることは認めるが、その余の事実は全て争う。
(二) 主張
本件事故現場の道路は北向一方通行のアスフアルト舗装道路で幅員は側溝部分を除き約五・二mあり普通車が二両並進しうる程度の充分な幅員があり、本件電柱およびその支線は右道路の西端(側溝の外側)から七五cmの地点に設置されていて本件事故当時右支線には黄色の被覆カバーが設置されていたし、また右道路のこれと同じような位置に他に多数の道路標識も設置されているのであるから、本件電柱およびその支線は通常有すべき安全性をそなえていたものであつて、設置・保存に瑕疵はなかつた。
本件事故現場の道路は本件事故発生時ころは交通量も少く、また本件事故当時は通行の障害とならない程度の明るさとなつていたものであり、しかも右のとおり原告車がタクシーをやり過すのに何ら危険のない充分な道路幅があつたのに、原告はわざわざ本件電柱の支線の外側の幅わずか七五cmの側溝上へ突込んだため支線に引掛かつて転倒したのであるから、このような異常な行動による本件事故は本件電柱の支線の存在と法律上相当因果関係がないものといわねばならない。
よつていずれにしても被告は本件事故の責任を負うものではない。
三 被告の主張に対する認否
争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生について
検証の結果および原告本人尋問の結果によると、請求原因(一)(本件事故の発生)の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
二 被告の責任について
原告は本件電柱の支線の設置自体もしくはこれに危険防止のための被覆カバー等の装置がなされていなかつた点において瑕疵があると主張するので以下検討する。
(一) 本件電柱の支線がその電柱とともに一体として土地の工作物に該当するものであることはいうまでもないところであるが、土地の工作物の設置、保存に瑕疵があるかどうかはその物が本来備えているべき性質または設備を欠いているのかどうかによつて客観的に判定されなければならないのであり、その判定にあたつてはその物の有する危険の程度により損害発生の防止に足りる設備を備えているかどうかの点についても併せて検討されなければならないものと考える。
(二) そこでこのような見地から、本件電柱の支線の設置および保存に瑕疵があつたものというべきか否かについて検討するに、証人杉山正男の証言により成立の認められる乙第二、第五号証、いずれも本件事故現場の写真であることについては争いがなく、弁論の全趣旨により撮影者および撮影日がその主張のとおりであることが認められる検甲第一ないし第三号証、検乙第一ないし第五号証、証人真鍋茂、同杉山正男の各証言および検証の結果によると、一般に電柱は架線を中間点で支えているにすぎないものには支線設置の必要性がなく、実際にも設置されていないけれども、架線の両端でこれを支えるものには電柱が架線の力で倒れる危険を防止するため支線設置の必要性があり、現実にもそのような電柱には支線が設置されていること、本件電柱は北方から張られて来たケーブルの末端の電柱(引き留めの電柱)にあたるため、右電柱がケーブルの力に引つ張られて北方に倒れるのを防止するためその南方に向つて支線が設置されているものであること、本件電柱および支線が設置されている道路は北行一方通行の交通規制がされているアスフアルト、舗装の道路で、交通量は少く、幅員は両側側溝部分を含み約六・三mであること、本件電柱はその基部の外周が約七〇cmのコンクリート製であり、また本件支線はワイヤーロープで右電柱の先端附近から右電柱の基部の南方約三・二mの道路上に斜めに引つ張つてあり、支線の先端には支線アンカが取付けられてこれが地中に埋められていること、右電柱および支線の設置地点は別紙図面記載のとおりであること、その附近の道路の両側端の本件電柱および支線の設置地点とほぼ同じような地点に、多数の電力会社の電気用電柱や交通標識も設置されていること、の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上のような事実関係に照らすと、本件電柱に支線を設置することはむしろその倒壊等の危険防止のために本来備えるべき設備であるといわねばならない。
もつとも一般通行の用に供される道路上にこのような支線が設置されることによつて通行の障害となり危険が生ずることは否定できないけれども、その危険性は右の倒壊等の危険に比べてより少さいものと考えられるから、最も危険性の少い位置や方法をとり、また適切な危険防止の措置を講ずれば工作物の瑕疵にはあたらないものというべきである。
本件の場合その設置地点は他の電柱や交通標識等と同じく側溝部分を除く道路のほぼ最側端に位置しているものであつて前示の事実関係に照らし最も危険性の少い位置、方法によつているものと認められるし、また後述のとおり危険を表示するための被覆カバーが設置されていたのであつてそれは危険防止の措置としても適切なものであつたと認められるから、本件支線の設置、保存について瑕疵はなかつたものというのが相当である。
(三) 原告は本件事故当時危険防止のための被覆カバーは設置されていなかつたと主張するが、前掲の証拠および乙第三号証(証人真鍋茂の証言により成立が認められる)ならびに原告本人尋問の結果によると、原告は当初本件電柱は訴外関西電力株式会社所有の電柱と考えていたため本件事故にあつた六日後の同年八月一一日午前一〇時三〇分ころ妻に命じて右訴外会社に被覆カバーのない支線に接触転倒して受傷した旨の連絡をさせたこと、その連絡を受けた同会社では同日午前中に従業員を赴かせて確認したところ、本件支線には現在設置されているものと同じくポリエチレン製黄色の被覆カバーが設置されていたこと、なおその際同会社従業員は本件電柱が被告所有のものであることを原告側に説明するとともに、被告にも右事故の内容等を連絡したこと、その間に原告が被告に対して格別の連絡や交渉をしたこともなく、また被告がその間に本件支線の被覆カバーの設置工事をしたこともないこと、の各事実を認めることができ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は措信しえず、他にこれを左右するに足りる証拠はないのであり右事実によれば本件事故当時も右被覆カバーは設置されていたものと推認されるから、この点に関する原告の主張は採用しえない。
三 結論
以上の次第であり、他に被告の責任を肯認するに足りる主張立証はないから、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は失当たるを免れない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村田長生)
別紙 図面
<省略>